【HSPあるある】書くことは最も自由になれる行為。
こんにちは、黄乱弾です。
人はなぜ書くのか。
そこにペンがあるから?いや、キーボードでもいいよね?
伝えたいことがあるから?いや、話してもいいよね?
先日読んだ岸田秀さんの「ものぐさ箸やすめ」という本の中で、
「物書きはみんなナルシストだ」という論を読んで、
グサッときたんですが、まぁ当たってますよね。
世の中には既に読みきれんばかりの書き物があるのに、
それでも書くのは、自分の書いたものが既出の書き物にない価値があると思っているから、
というのが岸田さんの論なんですが、確かにな。
しかもこのAI時代で、産出される書き物は指数関数的に増えてるのに、
それでも自分の言葉で書きたいって、
自分の言葉に相当自惚れてないとできないよな。
まぁ、自分がナルシストであることは否定できませんが、
私の場合は、書くことが色んな表現方法の中で、一番自由だと思うからなんですね。
私はHSPという特質上、
周囲のフィードバックを人一倍敏感に受け取ってしまうんですね。
だから、対面でリアルタイムで誰かと喋ってると、
常に「あ、相手は今どう感じたな」みたいなのを分析し続けてるわけです。
そんで、そのフィードバックに応じて、
自分が話す内容に微調整を加え続けるので、
対面で話すことはすごく疲れるし、
相手のフィードバックによっては、自分が話したいと思ってたこととは
180度違う内容を話してしまうこともあります。
(特に相手が高市みたいなフキハラ常習犯のマニュピレータータイプだと尚更!)
だから対面コミュニケーションの時は、もっのすごっっっく疲れるので、
私は聞き役に回る場合が多いです。
そんで、ものすごく共感しながら聞くので、相手にも喜んでもらえる場合が多いんです。
でも、聞き役だからといって、内部で処理している情報や感情が、
めちゃくちゃ話しまくってる人と比べて決して少ないわけではなくて、
むしろHSPという特質上、人よりよっぽど多いんです。
人が気づかないことに気づいて、人が感じないことを感じるわけですから。
そしたら、それを中に溜めておくといつか爆発しちゃうので、
それを上手に発散する方法が、書くという行為。
「書く」という行為は難しいもので、
文字に詰め込める情報量が圧倒的に少ない(表情とか声のトーン、ジェスチャーに頼れない)ので、
それだけ「読み手」の立場に立って、
「これで伝わるかな」「こう書いたら読み手はどう思うかな」というのを
常に考えなきゃいけないんですね。
そんでリアルタイムとは違って、誤解されても修正は簡単ではないので、
その辺の”what if…” は相当シミュレーションする必要があります。
そういう意味では、映像や音声のコミュニケーションよりは
相手の立場をかなり考える必要があると思います。
(ちなみに相手の立場を考えるってのはHSPは得意中の得意ですから無問題)
ただ、相手の立場を相当想定しなければいけない一方で、
実際の読み手からリアルタイムのフィードバックは返ってこないし、
相手は面白くなかったり、気分を害されたりしたら、
その時点で読むのを勝手にやめりゃぁいい訳です。
一旦書いてしまえば、「どうぞご勝手に」と相手に放り投げられる感じが、
色々無駄な気苦労の多いHSPにとっては気楽なんですかね。
あと、もう一つ、文字のいいところは、
自分が出す情報をかなり計算できるということ。
音声とか、対面だと、
どう隠しても自分の感情が表情や声に出ちゃうんですが、
文字だと、その辺はコントロールしやすいですよね。
これは、自分の境界線が大事なHSPにとっては、とても安心できることです。
HSPってみんなこんな感じなんですかね?
HSPって感受性が強いので、表現者向きだとは思うんですが、
他のHSPの方はどんな表現方法がご自身にあってると感じるのか、興味があります。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
【執筆者紹介:黄乱弾(ファン・ランダム)】
Badass Blue Bird LLCの専属ライターで、担当分野は他のライターがやらないランダムなこと、です。日本育ちなので、中国語は勉強中。お世辞にも全くうまくありません。ちなみに今仮採用期間中で、皆さんの反応次第で、本採用されます。応援よろしくお願いします。
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