Kodawari
AI時代の黄金ワード
Steve Duboce です。
アメリカではAIの勢いがすごすぎて、シリコンバレーはほぼ毎週のように有名企業でリストラがありますし、有名大学のコンピューターサイエンス専攻の卒業生すら新卒は就職がないですし、(5年前なら夏休みにインターンして何百万円稼いで、ゴロゴロ内定もらってた学生たちです)道路で見る広告は「人間をAIに取り替えて24時間働かせましょう」みたいなソフトウェアの広告ばっかです。
だから近い将来ホワイトカラーの仕事は無くなる、もしくは求められるものがかなり違ってくるんじゃないかと思ってます。だからこんなAI時代に生き残りをかけて何が強みになるのかなと考えてるんですが、その一つが「こだわり」だと思うんです。
「日本人にとって、UIに簡単な英単語が入ってるほうがより日本的で素敵だと、欧米人は理解してくれない」ゲーム内に含まれる英語は全部訳せばいいというものではない…SNSを中心に盛り上がる議論 (Game*Spark 2026/3/19)
引用の記事はゲームのローカリゼーション(海外商品をある国の言語や文化に合わせて翻訳すること)に関する記事なんですが、英語のゲームを日本語に翻訳するときに、全部日本語に翻訳するんじゃなくて、”Loading” “You are Dead”などの言葉は英語のまま残した方が実は雰囲気が出るのでは?という議論です。
確かにそうだし、こういう細部に気づいた人のこだわりと情熱はすごいな、と思います。これ、AIにローカリゼーションしてって任せたら、一瞬で全て日本語に翻訳してくれると思いますが、こういう細部には気づかないと思います。そしてそれはローカリゼーションの真髄(言語や文化、風習に合わせて最適化する)ではないんですね。
私は大抵のことにはこだわりがないんで、食べ物は何を食べても大抵おいしいと思いますし、着る物も風紀、衛生上最低限満たしてればいいと思ってますし、車も走ればいいと思いますし、家も屋根とトイレがついてれば上等(我が家はシャワーまでついてる豪邸です)と思ってます。
でもニュースとかエッセイ、論評関係は違うんですね。いつも「いや、これは違うだろ」とか「見出しが悪い」とか「私ならこうするのに」とかアイデアが出てきてしまうんです。
今はこだわりが強すぎると治療をすすめられる世の中らしくて、
嫌な世の中になったな、と思います。
今日の晩御飯の献立じゃあるまいし、全てのことに「なんでもいいよ」なんて言えません。
このAI全盛期の世の中では「こだわり」こそが強みだと思うので、是非みなさんも自分の「こだわり」があればそこに少しでも投資してみたらいいかなと思います。「芸は身を助ける」とも言いますし、いつかどこかで役に立つのではないかと思います。
そしてもしお子さんや学生に「この子はこういう時に扱いにくい」とか「この子はこういうことで融通が効かない」っていう部分があればそこを是非強みとして見てあげて、気長に伸ばしてあげられるといいのかな、と思います。
※この記事は、2026年4月11日にFacebookに投稿された内容を、Badass Blue Bird LLCのアーカイブとして保存・再掲したものです。


