平均点以上の回答が早く安く出てくるAI時代。AIネイティブ世代はそもそも物事に挑戦しようと思えるだろうか。
こんにちは、クソラテス です。
突然ですが、明日から近所に『全メニュー無料、味はそこそこ』の食堂ができます。
あなたはそれでも自分で料理をし続けますか?
私なら速攻包丁とまな板、ゴミ箱にダンクします。
まぁまぁの料理が無料で食べられるのに、わざわざ自分で作るなんて馬鹿馬鹿しいですよね。
自分の料理が、その無料食堂の料理より美味しくできる保証なんてどこにもないし。
料理してる途中で、手切っちゃうかもしれないし。
以下の記事は、有名な翻訳家の戸田奈津子さんが「AIに映画字幕は無理」とおっしゃったという内容の記事です。
https://www.nikkansports.com/entertainment/column/sundayhero/news/202607120000087.html
私も「AIが各分野のトップレベルにいる人間のクオリティを超える」
という予想にはあまり現実味を感じていません。
でも私がAI時代に悲観しているのは
「AIが人間を超える」ことじゃなくて、
AIが人間の平均点を超えるアウトプットを超絶早く安く出してくれる時代に、
人間がそもそも挑戦しよう、情熱をかけてみようと思えないのではないか、ということです。
さっきの例じゃないけど、
無料でそこそこの食事をいつも出してくれる食堂が近くにあるときに、
それでも自分で料理を続けますって言える人は、
よっぽど料理が好きな人か、よっぽど食べ物にこだわりがある人
だと思うんですよね。
それ以外の人は、挑戦すらしないんじゃ?
だって、そこに合格点の作品が無料で転がってるんだから。
わざわざ自分で手間暇かけて、努力する必要ある?
合格点の作品を超えられるかどうかも分からないのに、
可能性にかけてみようって思えるのかな?
そりゃ、戸田奈津子さんほど実績があって評価されてる人なら
「AIは私に勝てない」と思えると思うんですが、
最初からその自信がある人って少ないですよね。
普通は誰でも「上手くできるかどうかわかんない」ってところ、
「自分がゴールに辿り着けるかどうかわかんない」ってところから始めるんですから。
その自信0の状態から初めて、試行錯誤する過程で自信を少しずつつけてくんですね。
でもそんな試行錯誤は、今の若い人にとってはタイパが悪すぎて、コストカットの対象です。
今の若い人たちは、生まれた時から、
何事においても合格点レベルの回答を出してくれるAIが身近にあります。
しかもその回答は、平均的な人間の回答よりずっとずっとレベルが高い。
そんな中で、「最初は下手でもいいから自分でやりたい」と思って、
自分でやってみようと始めることができるのでしょうか。
始めることができたとしても、そこから何かを極めようと思ったら、痛みはつきもの。
自分の才能のなさを残酷なまでに突きつけられる瞬間があるんです。
そんな苦しい時でも、
「自分はもっと上に行きたいんだ」
「自分で手を動かした作品を届けたいんだ」と、
人間は挑戦を続けられるでしょうか。
情熱を注ぎ続けられるでしょうか。
私の見方は悲観的です。
こうしてできるのが「挑戦者のいない社会」。
ただの量産型コピーが、アルゴリズムの推しによって、拡散される社会。
そんな社会で、若い人は何に自分の情熱を注げばいいのでしょうか。
そもそも情熱のサンプル自体を見たことがない世代になるのかな。あな、恐ろしや。。。
こんなAIに支配された不感症社会で、新たな創造性が生まれるとはとても思えません。
「思考と創造はエリートだけが握って、一般人には安価なAIでもしゃぶらせとけ」
と思ってるテック資本主義のオリガルヒはそこんとこちゃんと分かってんのかな?
最後に、中島みゆきの「宙船(そらふね)」から。
その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな
いかに次の世代に自分の手でオールをこぐ楽しさ、面白さを伝えられるか。
それはプレAI時代に生まれた全ての人間の重要な責任だと思います。


